Vol.13

先日、霞が関で出店準備があった。文部科学省やら外務省が連なる場所にある、霞が関ビルディングの1階だ。業態は、バルバラマーケットプレイス。
100席以上の大箱レストランで、開放感あふれる店先のテラス席は、夜になるとイルミネーションが美しいグッドプレイス。
僕たちは、最後の仕上げのディスプレイ作業に勤しんでいた。
プラスチック製のフェイクの生ハムを、呆れるくらい大量に天井から吊るし、ワインボトルをこれでもかというほど並べ、ワインの空箱やフランス製の鉄鍋の空箱を積み上げ、黒板に大量の文字を書き、プロっぽくならないような照明の角度やら、良い意味での“ゆるさ”を加えていく。脚立の上に登ったり、床に這いつくばったりと肉体を駆使するその作業を、“汚し作業”と呼び、自分たちらしい世界観を生み出していく儀式にもなっている。
きっと図面通りに作り、プロがディスプレイする店では、この“フレーバー”は効かないのだろう。
さる高名な陶芸作家が作品を作る時に一番大事にしていることは、土をいじりながら対話する“掌の記憶”が大事だという話を聞いたことがある。 アッチョンブリケ。

さてさて午前0時も回り、そんな老体に鞭打つ作業が終わり、ホテルへ帰りすがら疲れを癒して飯でも食おうと、霞が関から徒歩で新橋駅方面に向かった。
そこは、飯屋の国際展示会場の如く、あばら家が折り重なるように肩寄せ会う立ち飲み屋から、怪しいスパイスと体臭がむせぶ異国の飯屋まで、黒・グレー・灰色が埋め尽くす、おやじ・おやじ・おやじ、おやじ大群、おっさん天国だった。
立派な加齢臭持ちである我々としては、どの楽園(店)に入るかを決めるだけだ。

ところが、やっぱり始まってしまったのだ。

ポトマックには、“軍曹”と呼ばれる人物がいる。常務取締役の浜崎(※1)だ。
ビルの配管ダクトを潜り抜け、仕掛けられた時限爆弾の赤か青の導火線を、あと1秒というところで選択できる強靭な精神力と体力を持つ、ブルース・ウイルスのような男だ。

食べ物に関してはことのほかうるさい。
特に“飯屋選び”においては、異常なほどの執着と選択を行う。
戦における諸条件を吟味する戦国の武将の如く、彼にとってそれは真剣勝負なのだ。過去何度となく軍曹と“飯屋選び”を共にした。
京都では盆地ならではの暑さと空腹にさいなまれ、足を引きずりながらの2時間、碁盤目状になった古都の辻々を徘徊させられた。名古屋では“ゲテモノ飯”と呼ばれる攻撃をかわしながらの作戦であったが、ゲリラ部隊“あんかけパスタ”の、ひきょうな誘いに欺かれ軍曹共々、木端微塵に撃沈された苦い過去もある。はたまた、海外遠征では、ニューヨーク、ロンドン、アムステルダム、北京、インドネシアと、鬼軍曹現わるところ凄惨な“飯屋選び”の戦場となる。
世界を股に掛けた浜崎軍曹の暴れっぷりは「鬼軍曹伝説〜海外鬼畜編」にて、改めてご紹介します。乞うご期待!

さて、話は真夜中の新橋。
軍曹は、今宵も許してはくれない。

軍曹の戦闘モードは全開だ。妥協なき“飯屋選び”が始まった。
初春であるのに凍てつくほどに寒い街を、ボロボロになった体を引きずる。
寒さ、睡魔、空腹のヘレン・ケラー状態の僕に、容赦ない怒号が飛ぶ。
「この店はあかんでしょ!おばはんがサボっとる!」「この店もあかんわ。食品サンプルが汚れとる!」「この店もあかん。おっさんの気合いが足りへん!」。
ビルの谷間風が吹きつける。ビュービュー。
「ジャンルだけでも決めましょう」と、かすかな希望・・

若いころの軍曹は、国から国へとリュック一つで渡り歩いていた究極のバックパッカーだった。猪年生まれ。レゲエ好き。神戸駒ヶ林生まれ。意外と腹をすぐ壊す。猪猛突進自転車通勤。歩くことなど屁とも思っていない。
「軍曹殿、自分の事はほっといてください。自分はここで眠るのであ〜ります・・」
「何を言っとるのだっ!馬鹿もーん!いっしょに中華を食うと約束したではないかっ!」
ビュービュー。

話は変わるが、先日、アラン・プラテル(※2)の現代舞台芸術舞台「憐れみ pitie!」を鑑賞した。多国籍な10人のハイレベルなダンサー、黒人のカウンターテナーを含む3名のオペラ歌手。現代の感性で思い切ってアレンジした、J.S.バッハの大曲「マタイ受難曲(※3)」を演奏する8名の演奏家たち。愛を求めれば孤独に傷つく、他人との絆は支配と暴力の苦しみ。たくさんの苦痛、悲しみを抱えてのたうちまわって生き行く姿を、生命力溢れる身体と音楽での表現であった。最後の最後ほんの一瞬、一筋の希望の光に心を震わせた。

話は、またまた新橋。
生まれて初めて中華料理屋を探すのに一時間以上歩いた。
そして、やっと一軒の中華料理屋に入った。

今まで食った中華の中で一番まずかった。
しかし、食い終わる頃、なぜか冷えた体は温かく、心と体は癒された。
誰もの顔が幸せに緩みきっていた。

「1km走った後の夕日よりも、10km走った後の夕日のほうが美しい。」
そんな話を聞いたことがある。

最高のディナーであった。
さぁ、また、明日から軍曹殿との新しい戦いの幕開けだ!
あー、人生、ダイハード・・・