突然、就寝していた床からベッドごと突き上げられた。
わけがわからないまま、容赦なく第二波が襲ってきた。
経験したことのない激しい揺れが、断末魔の巨獣のように叫び声を上げながら暴れ狂った。
  ガラス類が砕け散り、家中の家具が飛び交うのを立ちあがることもできず頭を抱えて、ただ、へたり込んでいた。

  1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、「阪神・淡路大震災」(※1)。

  明け方、所々で火の手と黒煙があがっている。
街燈、信号機が消えた真冬の瓦礫の町を、店に向かって車を飛ばした。
  カーステレオに放り込まれたままのテープは、グスタフ・マーラーの5番(※2)。途切れなく街に響き渡るサイレンの音が交響曲と重なり合う。

  高架線路から、ねじれちぎれたレールが砂利といっしょに高架下の車道に散乱し、巨大なビルがいくつも横倒しになって道をふさぐところを、なんとか店にたどり着いた。
  昨夜まで酔いどれて浮かれていた僕たちの不夜城が、ゴミ屑同然になっていた。

  たくさんの人々が色んなものを失った。夢や希望、そして大切な人の命まで奪い去った。

「このままここで商売することは不可能じゃないか。」
あの時、みんながそう思った。

  仲間たちも、散り散りバラバラになった。しかし、なんとか食いつないでいかねばならなかった。
  そして、残った仲間たちと路上でコーヒーやらカレーを売り始めた。
  割合早い段階で電気は復旧したが、水とガスには苦労した。水は、ずいぶん長い間、配給制だったので、毎日変わる配給場所に、ポリバケツを何個も持参して汲みに行った。ガスは、港のプロパン工場に直接買いに行った。

  そうこうしているうちに、僕たちの始まりの店舗「TOOTH TOOTH」が半壊も全壊もしていないことがわかった。店を開けてみた。たぶん三宮で一番早かったのではないかと思う。
  提供できるものと言えば、カレー、焼肉定食、鮭定食、おでん、ビールのみ。でもそれは、廃墟の都市で見つけたオアシスの如く、震災ルック(※3)の老若男女が店に立ち寄ってくれた。

  そんなある日、僕は、忘れられない一言に出逢ってしまった。
  年老いたおじいさんとおばあさんだった。
鮭定食か何かを食べてくれた彼らが、涙ぐんで発した言葉。
「おいしい。おいしい。ありがとう。」

  かき集めたありあわせの材料と、付け焼刃の調理道具での料理だった。お世辞にもおいしいものではなかったと思う。きっとこの震災でつらい思いをされたのだろうと思った。

  そして、このとき初めて飲食業の本質に触れたような思いに打たれた。
「飲食業は腹を満たすだけじゃなく、心をも満たすんだ。」と。

  水のポリバケツとプロパンガスのタンクの重さ、カレーの匂い、懸命に生きる人々の不思議な連帯意識、マーラーのアダージェット(※2)。廃墟の街を青い月がやさしく照らす。

本気で商売をしようと思った。

         
 
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