Vol.9
 最近、小麦粉の高騰が激しい。
エネルギーと環境問題に輪をかけて、投機マネーが話を複雑にしている。
パンやケーキを爆産している我々としては、至極苦悶の日々である。
マリー・アントワネット(注1)は、フランス革命前に民衆が貧困と食料難に陥った際、「パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない」と言ったそうだが、ブリオッシュに必要なバターも高騰、品薄状態。〝ギロチン〟の薄刃の上を歩いてる毎日だ。
今回はそんな〝スィート〟で〝こわーい〟話?をしたいと思う。

神戸で大地震があった後、焼肉弁当、鮭弁当、おでんと屋台飯屋の風体で、店を再起動した話は前に書いた。その日その日を何とか営業していた中で、「飲食業は腹を満たすだけじゃなく、心をも満たす」と教訓めいたことを申し上げた。
実は、そのバージョン違いの話がある。

「飲食業は腹を満たした後、別腹(べつばら)をも刺激する」

よく女の人が「これは別腹」とケーキを食べる。「お前は牛か!」と突っ込むべきところだが(牛には第1胃から第4胃まで4つの胃があります・・)、これは女性特有の不思議な言い訳だと思い、我慢に我慢を重ねていた。ところが、このことを裏付ける人間の食に対する生理現象を震災後の飲食店では観察させていただいた。

焼け野原のような中で、はじめは何であろうと〝飢えを凌げれば良し〟としていたのだが、少しすると味覚での変化や刺激を求めだす。生存の維持が保障された後、人は新天地を求め、欲望の帆を張るのだろう。そして、そこに哲学やら思想やら言い訳を生じせしめるのだ。腹いっぱいになった人々が求めたのが、コーヒーとケーキであった。


後に、ケーキ屋「PATISSERIE TOOTHTOOTH」をオープンすることになる。
パティシエ(ケーキ職人)曰く、
「甘い物はなくたって生きていける。でも甘いものがあると喜びが生まれるんだ。だから作るんだ」
・・別腹とはそういうことなのかと妙に納得した。

細長いタルトを作った。イメージはフランスの路地裏の小さなケーキ屋さんから、アメリのような女の子が片手でタルトをほおばりながら出てくる。しっかり焼きこんだ生地に季節のフルーツ。タルトと焼き菓子が人気の神戸を代表するケーキ屋さんに成長した。
そういえば、はじめて映画とコラボレーションしたのが「アメリ」(注2)だった。キャラメル味の紅茶や、クレームブリュレなど劇中のアイテムを商品化した。あんなにヒットするとは思わなかった。テイクアウトの紙袋は、アメリがベッドで本を読んでいるあの有名なシーンがプリントされていた。現在、インターネット・オークションで、高額取引されているとかいないとか・・

オープン当初から〝ジムノペディ〟と名づけられたタルトがある。3月から4月にかけて一瞬だけショーケースに並ぶ隠れた逸品。飾り付けられたスミレの紫色が古い鼻腔の記憶をよみがえらせるタルトだ。3/4拍子のシンプルで、感情に流されないエリック・サティーのピアノ曲のタイトル(注3)をつけたのもうなづける。

本気でケーキを味わってる女の人って、笑ってるのか泣いてるのかわからない怖い顔をするでしょ。一心不乱。心此処にあらず。深層心理の奥深くに沈んでいく心の箱舟。いったい何に憑依されているのか・・ああ貴方は誰?其処は何処?

〝スィート〟で〝こわーい〟女の人の話?でした。