Vol.8
 ポトマックには様々な飲食店舗業態がある。
 同一業態での展開は少ない。業態とは簡単に言えば、カテゴリーのことだ。例えば、カフェ、ブラッスリー、レストラン、バー、ケーキ屋、和食、洋食、スペインバールなどなど。ところが、ポトマックでは、いろんな業態の要素が交配合され、カフェなのかレストランなのか、居酒屋なのかわからない新種の業態も多くある。節操ないなぁ・・と自嘲しながらも、仲間内では新しい業態を思いつくたび、「これは新しい!オリジナリティーだ!俺たち天才かも!」と、自画自賛していた。ところが、ある時期から困った問題を抱えることになった。
 商業施設や百貨店での出店では、集合看板などのアイキャッチやリーフレットなどの販促ツールを作ってもらう。すると、店名の横にカテゴリー名が必ず必要になる。和食、洋食、カフェなどのそれである。

 例えば、「バルバラ・マーケットプレイス(※1)」というコンセプトがヨーロッパの市場の店がある。この店は、昼も夜も利用できることはもちろんのこと、しっかりと食べるもよし、お酒を中心に語らうもよし、お客様のTPOに応じて自由に楽しんでいただくという業態だ。
 これを無理やりに、「レストラン」というカテゴリーを冠する。すると、白いテーブルクロス、ナイフフォークで神妙に飲み食いしなければならないように感じられ、どうも自分たちとしてはしっくりしないのである。
 大げさな話だが、この業態は「マーケット」×「プレイス」を記号として、居酒屋でもレストランでもないですよというメッセージをもたせ、「バルバラ」という響きでヨーロッパの裏道とジプシーの悲しみと情熱を漂わせた空気という要素を織り成して完成する。・・・と信じて名づけている。強引だと承知の上で・・。
 だから、できれば店名だけにしたいものなのだが、なかなか世間様は許してくれない。
 私たちにとって、店を作る初期衝動としても、店にプライドを持つということを含めて、ネーミングは肝であり心になる。ということで、「バルバラ・マーケットプレイス」の施設におけるカテゴリーが知りたい方は、ぜひ、ご来店くださいませ。


 僕たちが飲食店を始めた頃、高度成長期の飲食産業が生み出したチェーン展開型の店に、居心地の悪さを感じていた。店をはじめた当初は、拡大志向もなかったから、ただただ、一つひとつ店を作り上げていくことの喜びをしっかり味わっていた。今でもまったくその感覚は変わっていない。小学生が虫採りやドッヂボールをするように、難しく考えることなく、やり始めたら楽しくて仕方ないみたいな、いつまでたっても青臭く垢抜けないやり方で店を創り続けている。

 一方、こんな風にポトマックが様々な業態を作るのは、作らざるを得ない状況もあった。
 僕たちのホームグランドである神戸は、商圏とできる人口が限られていることもあり、同一店舗がいくつも共存できる街ではなかった。したがって、一人のお客さんがいろんな違うコンセプトのお店を回って楽しんでいただくことでしか、店を増やすことができなかった。最近の飲食企業の中では、立地にあわせて業態を変える展開が脚光を浴びているが、根幹の構造は同じで、若干コンセプトをいじり、店舗名・スタイルを変えることが多い。
 ところが、僕たちはその業態の骨格からいじってしまうからタチが悪い。
 節操がないと言われればそれまでだが、ビートルズのアルバムだって「サージェント・ペーパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と「アビイ・ロード」では、全くその内容は違っている。その2つのアルバムの間に発売された「ホワイト・アルバム(※2)」というものに至っては、アルバムの中までぐちゃぐちゃのバラバラだ。ただ、どのアルバムもどの曲も、常にオリジナリティーをクリエイティブに追求するビートルズ自身の表現であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 僕たちが表現したいことはそこなのだ。ありがたいことに、ポトマックは、そんな風なレッテルを貼られているから、出店のお誘いではその場所にあった楽しいであろう新しい感覚の店舗コンセプトを求められることが多い。まるで「お題」をいただいた落語家のように四苦八苦するのだが、心がけていることといえば、辿りつくまでのアイデアラッシュがどうであろうと、着地が美しくあるべきかな、ということのように思う。ある種の品の良さは守りたい。別に、高級業態が品がよいとか、コンクリート打ちっぱなしの店がよくないとか、そんなことではない。抽象的でわかりにくい表現なのだが、その店から香りたつ“匂い”とでもいうか・・・。
 新しく開業した店なのに、歴史と品格を感じさせるものがある店がある。ソファーに穴が開いていても文化を感じる店には、品がある。

いったい何だろうか、と考えたことがある。

「手術台の上のミシンとコウモリガサの出逢いのように美しい」
フランスの詩人、ロートレアモン(※3)の「マルドロールの歌」の一説だ。

なんとなく、そんな感じかな。